“を” と “で“
当校では毎学期学生との面接を行います。遅刻するなとか、そろそろ出願の準備をしろとか、学生に指示・指導を与えると同時に、学生から教師や学校への要望も聞きます。その要望の中で、私のクラスの学生から、A先生の授業は教科書の通りだからつまらないというのが出てきました。複数の学生がそう言っていましたから、決して偏った意見ではなさそうです。
A先生は、教科書の内容はクラスの学生たちに伝えているのですから、授業が体をなしていないわけではありません。必要最低限のことはしています。しかし、どうやらそこ止まりのようです。その点が、おそらく、少なくとも私にそう言ってきた学生にとっては、刺激的ではないのでしょう。
“教科書を教える”と“教科書で教える”は違うとよく言われます。“教科書を教える”とは、学習者に教科書に書いてあることをきちんと説明し、理解させていくことです。これはもちろん重要なことですが、それをさらに発展させて学習者の想像力や応用力を引き出すことこそ、真に教師に求められる役割です。これが“教科書で教える”です。
学習者からすると、この2つは“教科書を勉強する”のか“教科書で勉強する”のかの違いでしょう。“教科書を勉強する”ことは、自分の国で独習してもできます。しかし、わざわざ日本へ来て、高い授業料を払って日本語学校に入ったのは、“教科書を勉強する”だけでは飽き足りないからでしょう。そこで教えている日本人教師から、“教科書を勉強する”だけでは学べない生きた日本語、日本人の思考や志向や嗜好など、教科書の内容に関連した諸々について知ろうとしているからでしょう。
私はそう考えていますから、最初歩のクラスでも、教科書の外に出ます。中級や上級になると、脱線に命を懸けていると言ってもいいでしょう。A先生はまじめで几帳面な方ですから、教科書を尊重する気持ちが強いのだと思います。ただ、もう一段飛躍するためには、“を”ではなく“で”を意識する必要がありそうです。